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rrbのブログ - 2009/07/09のエントリ

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今京都 はったいのこ 2009/07/09 12:00 am

ったいのこ
麦こがし。大麦を炒って粉にしたもの。「ハッタイノコ、要りまへんか」と売りにきた。昭和初期の子どものおやつで、砂糖を加えて食べる。江戸時代の辞書『物類称呼(ぶつるいしょうこ)』には「東国にて、こがし、又みづのこといふ。畿内及西国にて、はったいと云ふ」とある。ハッタイコ・ハッタイともいう。菱の実も戦前はおやつになった。鋭い角形の突起をもつ菱を蒸し、割って種子を食べた。(『京都新聞・折々の京ことば』堀井令以知より)

ばらくの間、コメント欄を閉じます。ご容赦ください。

路閣 (旧フォトヴィレッジ 2007年3月7〜9日掲載)
憧れの水路閣。掲示板には、
史跡琵琶湖疎水のうち「水路閣」
疎水事業は、京都府知事北垣国道の発意により、田辺朔郎工学博士を工事担当者として、明治18年起工され、同23年に竣工した。
水路閣は、この疎水事業の一環として、施工された水路橋で、延長93.17メートル、幅4.06メートル、水路幅2.42メートル、煉瓦造、アーチ構造の優れたデザインを持ち、京都を代表する景観の一つとなっている。
また、ここから西500メートルにあるインクラインは、高低差のある蹴上げの舟だまりと南禅寺の舟だまりを結ぶ傾斜地に上下2本のレールを敷き、艇架台により舟を運ぶ施設で、冬至の舟運による交通事情がよくうかがえる。
いずれも、西欧技術が導入されて間もない当時、日本人のみの手で設計、施工されたもので、土木技術史上、極めて貴重なものであり、昭和58年7月1日に「疎水運河のうち水路閣及びインクライン」として京都市指定史跡に指定された。
また、平成8年6月には、この水路閣、インクラインに加え、第1疎水の第1・第2・第3隧道の各出入り口、第1竪坑、第2竪坑、明治36年に架設された日本初の鉄筋コンクリート橋(日ノ岡第11号橋)、同37年架設の山ノ谷橋などが日本を代表する近代化遺跡として国の史跡に指定された。

と記載されている。





疏水は、琵琶湖から京都市内に向けて引かれた水路。疏水の目的は大阪湾と琵琶湖間の通船や水車動力による紡績業、潅漑用水、防火用水などである。水路閣は琵琶湖疎水という、琵琶湖と京都の間に立ちはだかる山々をぶちぬいて流れる長大な運河にしつらえられた水道橋である。



物語は明治14年にさかのぼる。その当時、京都の水脈はもっぱら地下水か、北方の山々に流れを発する川しかなかった。しかし、いずれも急流でもなければ豊富な水量でもなかった。山をいくつか越えれば、日本最大の湖・琵琶湖がそににある。そこで考えられたのは、琵琶湖の水を京都へ引こうというもの。いくつもの山をぶち抜いて長大な水路を造ろうというものだった。それは滋賀県大津市三井寺の近くから長等山にトンネルをぶち抜いて水路を確保し、山科盆地の山々を同じように幾つものトンネルをうがち、さらに日ノ岡山のトンネル…とまるで現在の新幹線の開通工事のように、いやそれ以上に掘って掘って掘りまくるものだった。その中でも長等山の第一トンネルは2,436mと当時類をみない長大トンネルである。この琵琶湖疎水工事は設計も工事も全て日本人の手による初の大事業でもあった。琵琶湖の水を京都へ! 考えを実現させた技術と根性には驚くばかりである。さて、肝心の水路はどこに!?





水路閣の上に登ってみた。あった、あった、水路があった。水路橋の上には入れないが、疎水に沿って歩くことができる。ここは山腹に造られている。水が勢いよく流れている。ここが水路閣への水導入の水門。水の勢いと音が結構スゴイ。その水量は毎秒2トンということだからたまげる。



あいにく水路閣以外の疎水を追っかけて観ることはなかなか難しい。ほとんどは険しい山の中を貫いているし、一般人が見物できる場所も限られた区域だけ。しかし、その水門やトンネルの出入り口は水路閣同様に凝りに凝った様式デザインのもので、あっさりしているが力強い中に美しさを秘めたものと様々で、いずれもひとつとして手抜きのないものばかりだと伝え聞く。水路閣という名前にも「浪漫」というか、熱い情熱で眼をキラキラさせながら世紀の大土木事業を成し遂げた青年の誇らしげな笑顔が浮かぶような気がする。



琵琶湖疎水は、はじめに掘られた大津市三保ヶ崎から京都市東山区蹴上までの水路を「第一疏水」、次いで掘られた先の水路にほぼ沿う全線暗渠のものを「第二疏水」、南禅寺境内を横切り哲学の道に沿って流れ高野川・賀茂川を横切って堀川に至るものを「疏水分線」、蹴上から出たあと南禅寺船溜を経て平安神宮の前を流れるものを「鴨東運河」、その水路が夷川ダムを過ぎて一部鴨川に流出しその後鴨川左岸沿いに一部は暗渠となって南下し伏見に至るものを「鴨川運河」と称している。これら全てが琵琶湖疎水。この水路閣は疎水分線の一角。



疎水の殆どが自然放流(水は高いところから低いところへ流れる)の原理を利用して導かれている。簡単に言えば琵琶湖から高低さを利用して水を京都に流しているということ。もっと簡単に言えば、緩やかな勾配をとりつつ目標地点まで自然と流れる川を造ったということ。この南禅寺の水路閣はこの地点までの山腹と次の山腹への谷間を渡す橋、つまり勾配を守り谷間を渡るための橋と考えれば高架となっているのも理解できる。1890(明治23)年にこの琵琶湖疎水が完成した結果、日本初の水力発電所ができ、東京よりも先に街灯にアーク灯が点り、さらに1895(明治28)年には日本初の電車である京都市電が開通することとなる。そのとき京都は1100年の古都であると同時に最先端のハイテク都市でもあったというわけだ。とはいうものの建設当時、純和風で古式ゆかしい南禅寺の境内にいきなりハイテクで外国的な建造物が現れたのだから、保守的な人はもとよりそうでない人もさぞやぶったまげたことだろう。



調べによると反対運動らしきものもあったとかというけれど、今と違って政府の力が絶対的な明治の世の中。ある程度は有無を言わせず断行したのかも知れない、「おかみの命であるぞ!」と取り締まっているお髭姿が目に浮かぶ。それにしても驚く。「何が!?」って? 写真からも感じとれるように、すっかりと風景に溶け込んでいること。まるで「100年後のレンガの醸し出す雰囲気まで計算していたのではないか」と思えるということ。つまり、今の時代ですっかりとモダン建築として馴染んでいるということに。



さらに、ここを訪れる人やここで生活している人など誰に尋ねても南禅寺の境内でなくてはならない存在となっているのは間違いない。もしかしたら田辺朔郎はそんなところまで計算していたのではないか!? と考えてしまった。もしそうならば、まさに天才だ。そんな勝手な想像はともかく、緑に包まれた水路閣の水路は毎秒2トンの水がいまだに絶えることなく流れ、京都市民の生活を支えていることは紛れもない事実。水に困らない生活ができているのもこの疎水のおかげ。100年以上も前に生活のことを考え5年の歳月をかけて成し遂げた一大事業が、現在でも生き続け、京都市民の生活を支えている。この恩恵に感謝して、一滴たりの水も粗末にしない意識をもって生活したい。憧れの水路閣、満足いくまで掲載できた…今京都。


 

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