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rrbのブログ - 2009/07/07のエントリ

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今京都 みとーみ 2009/07/07 12:00 am

とーみ
見なさい。「あんたこれミトーミ」「それミテミー」は、それ見たことかの気持ちでいう。ミトミとも。丁寧に「ミトーミやす」「見てオミ」の変化したもの。オミは「見よ」に「お」を付けた敬称。シトーミ(してみなさい)、ユートーミ(言ってみなさい)は、「してオミ」「言うてオミ」から。読んドーミ、かぞえトーミのような構成もある。「言うてミテミ」「聞いてミテミ」などはミテミが加わる。(『京都新聞・折々の京ことば』堀井令以知より)

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町柳(でまちやなぎ) (旧フォトヴィレッジ 2007年7月3・4日掲載)
「出町柳」とはなんとも郷愁を誘う響き。高野川と賀茂川が合流するすぐそばに叡山電車(略して叡電)「出町柳」駅がある。京都人にとって「出町」の名前は出町商店街とかでも馴染みがある。しかし「出町」という呼び名は随分と広範囲で使用されている。叡電の「出町柳」駅周辺も「出町」なら、寺町今出川も「出町」。この間、歩けば5分はかかる距離。京都人は間違っても「出町で待ち合わせ」などとはいわない。今回はこの「出町柳」のお話。



そもそも「出町」とは、頭に、いぶした薪の黒木(くろき)や芝を載せて都で売り歩く大原女(おはらめ)が、大原の里から若狭街道を下ってきて、初めて出くわした町というのが由来だそうだ。豊臣秀吉が御土居(おどい)を築いたその出入り口である七口の大原口、今出川口と呼ばれた地点に新しく形成された新地ゾーンが「出町」と呼ばれるようになったらしい。寺町今出川の東北角に、いまでも大きな石の道標が立っている。





ここが大原口の四つの角にあたり、昔から「大原の辻」と呼ばれてきた。だから「出町」とは、このあたりから賀茂川・高野川を渡る橋の一帯をこう呼んでいたと考えられる。ちなみに若狭街道や白川街道へ出て行くこの橋は、今は賀茂川にかかる出町橋、高野川にかかる河合橋と二本に別れているが、古くは長い一本の「出町橋」だった。



「出町橋」のそばには「鯖街道口」の石碑も立てられている。現在、南側にある賀茂大橋は、市電開通にともない、のちに架けられた橋。したがって、この「出町橋」こそが都と郊外の架け橋であったといえる。しかし「出町」の呼称がこれだけ馴染み深く、広範囲に使われているにもかかわらず「出町柳」と呼ぶのは駅だけなのである。柳は確かに植えられているのであるが…。大正末期まで、いまの出町柳駅前に大きな柳の木が立っており、寺町今出川の「大原の辻」に対して、出町橋東詰の街道分岐点は「柳の辻」と呼ばれていた。そして駅前のお寺、長徳寺は「柳の寺」とも呼ばれている。その昔、現在の駅の場所には「柳茶屋」という茶店もあったらしい。



「出町柳」駅の誕生は1925(大正14)年。京都電灯(現・関西電力)鉄道部が八瀬まで初めて電車を走らせ、叡山にケーブルカー、ロープウェイをつけた。待望の発着駅の誕生に際して、賀茂川・高野川をはさんだ川向こうの「出町」と、こちらがわの「柳の辻」の地名を合体させて「出町柳」駅と名づけたということだ。その後、「柳の辻」という呼び名は聞かれず、そのために駅名の由来を知る人はほとんどいなくなったとのこと。



「出町柳」駅。比叡山参拝はそれまで健脚でも1日がかりだったのが、市内から頂上までわずか40分で結ばれるようになった。そして、今では京阪電車が乗り入れして京阪グループとなり、にぎやかなイラスト入りの車体の電車が走ったりしている…今京都。


 

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