rrbのブログ - 2008/06/03のエントリ
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今京都 一念発起 2008/06/03 12:07 am
いちねんほっき…それまでの考えを改め、ある目標に向かって熱心に取り組むこと。
◇ちょっと予備知識 → 「一念発起する」などと使う。「発起」は「発心」ともいう。
もとは仏教語で、仏道に入り、悟りを開こうと決意することから。
類義語に一心発起(いっしんほっき)・感奮興起(かんぷんこうき)がある。
やまやま
「〜したいのはやまやまですが」の「やまやま」とは何か? 結論からいうと、比叡山と高野山のことだという。
「やまやま」は平安時代に起こった山岳仏教から出ている。寺院を「お山」「山」ともいい、「行きたいのは比叡や高野の寺々、山々であるが、そうたやすくは行けない」のである。

平安時代の人々が仏教の聖地としてあこがれ、崇敬した比叡の「お山」の上には、当時「比叡三塔十六谷三千坊」といわれたほどたくさんの寺々があった。そこで「たくさんあること」「このうえもないこと」を「やまやま」というようになったとのことだ。

世の中に 山てふ山は 多かれど 山とは比叡 のみ山をぞいふ 慈円
慈円(1155〜1225年)は「新古今和歌集」のなかで西行とともに知られる歌人である。また歴史書「愚管抄」の著者でもある。そして天台宗を伝える比叡山の最高位である天台座主に四度も就任した高僧で、「平家物語」成立の推進者とされている。
慈円が活躍した鎌倉初期「山」「お山」が既に比叡山の代名詞であったということがよくわかる。

平安時代に入って、最澄・空海により「密教」が日本に持ち込まれると、飛鳥・奈良時代まだ平地にあった寺院が山につくられるようになった。それが山岳仏教であり、すなわち最澄の比叡山、空海の高野山という「お山」である。「やまやま」の語源は、なるほどそうかもしれないと思わずにいられない。

京都の東北方向で、鬼門を守る比叡山。その高さは848m。別段高い山ではない。だが、その高さ(低さかもしれない)と、ほどよい距離感が京の町から仰ぎ見たとき、頃合いのランドスケープを生み出している。
毎日なんとはなしに見てしまう比叡山。

空気の澄みきった日には、樹木の一本一本、人の姿さえ認められそうなほどにくっきりと、鮮明な山容が目の前にひろがり、思わず息をのむ。
雨上がりには霧立ち昇り、まるで神秘の生き物が山に降り立ったかのように見える。

「行きたいのは、山々であるが、そうはたやすくは行けない」と思いつつ、日々を暮らしていた平安時代の人々の気持ちがわかるような気がする。
山は、それを仰ぎ見て暮らす人々の一人一人の心の中に、やがてどっしりと生き始める。

全国どこの学校でも、校歌といえばご当地の山が登場する意味が、なんとなく理解できる。山は高さに関係なく人々とともにあるということだ。
京都の人々は今でも比叡山のことを「お山」と呼び、最近では浄土宗の本山知恩院のことも「お山」と呼んでいる。

いずれにしても「やまやま」は、意外なことに語源が京都にあった言葉のお話vol.20…今京都。前回の語源は「けりがつく」(←クリック)。 ※写真は京都の街中から見える比叡山。


◇ちょっと予備知識 → 「一念発起する」などと使う。「発起」は「発心」ともいう。
もとは仏教語で、仏道に入り、悟りを開こうと決意することから。
類義語に一心発起(いっしんほっき)・感奮興起(かんぷんこうき)がある。
やまやま
「〜したいのはやまやまですが」の「やまやま」とは何か? 結論からいうと、比叡山と高野山のことだという。
「やまやま」は平安時代に起こった山岳仏教から出ている。寺院を「お山」「山」ともいい、「行きたいのは比叡や高野の寺々、山々であるが、そうたやすくは行けない」のである。

平安時代の人々が仏教の聖地としてあこがれ、崇敬した比叡の「お山」の上には、当時「比叡三塔十六谷三千坊」といわれたほどたくさんの寺々があった。そこで「たくさんあること」「このうえもないこと」を「やまやま」というようになったとのことだ。

世の中に 山てふ山は 多かれど 山とは比叡 のみ山をぞいふ 慈円
慈円(1155〜1225年)は「新古今和歌集」のなかで西行とともに知られる歌人である。また歴史書「愚管抄」の著者でもある。そして天台宗を伝える比叡山の最高位である天台座主に四度も就任した高僧で、「平家物語」成立の推進者とされている。
慈円が活躍した鎌倉初期「山」「お山」が既に比叡山の代名詞であったということがよくわかる。

平安時代に入って、最澄・空海により「密教」が日本に持ち込まれると、飛鳥・奈良時代まだ平地にあった寺院が山につくられるようになった。それが山岳仏教であり、すなわち最澄の比叡山、空海の高野山という「お山」である。「やまやま」の語源は、なるほどそうかもしれないと思わずにいられない。

京都の東北方向で、鬼門を守る比叡山。その高さは848m。別段高い山ではない。だが、その高さ(低さかもしれない)と、ほどよい距離感が京の町から仰ぎ見たとき、頃合いのランドスケープを生み出している。
毎日なんとはなしに見てしまう比叡山。

空気の澄みきった日には、樹木の一本一本、人の姿さえ認められそうなほどにくっきりと、鮮明な山容が目の前にひろがり、思わず息をのむ。
雨上がりには霧立ち昇り、まるで神秘の生き物が山に降り立ったかのように見える。

「行きたいのは、山々であるが、そうはたやすくは行けない」と思いつつ、日々を暮らしていた平安時代の人々の気持ちがわかるような気がする。
山は、それを仰ぎ見て暮らす人々の一人一人の心の中に、やがてどっしりと生き始める。

全国どこの学校でも、校歌といえばご当地の山が登場する意味が、なんとなく理解できる。山は高さに関係なく人々とともにあるということだ。
京都の人々は今でも比叡山のことを「お山」と呼び、最近では浄土宗の本山知恩院のことも「お山」と呼んでいる。

いずれにしても「やまやま」は、意外なことに語源が京都にあった言葉のお話vol.20…今京都。前回の語源は「けりがつく」(←クリック)。 ※写真は京都の街中から見える比叡山。



