rrbのブログ - 2008/07/03のエントリ
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今京都 焚書坑儒 2008/07/03 8:56 am
ふんしょこうじゅ…思想や言論を弾圧すること。
◇ちょっと予備知識 → 秦の始皇帝が儒者の政治批判を防ぐために、書物を燃やし、多くの儒者を生き埋めにしたという故事から。
祇園祭ときゅうり
7月になると祇園祭のコンチキチンが鳴り響く。この祇園祭にからんだお話をひとつ。そのお話には「きゅうり」が絡むからまた意外な感じがする。さて、そのお話とは…。

「きゅうり」の切り口が、祇園さん(八坂神社)の紋にどことなく似ていることから、その紋を食べてしまうのはあまりにももったいないと、京都では八坂神社のお祭りである祇園祭の間は「きゅうり」を食べないという。
他の地方の人は、祇園祭といえば、2〜3日ぐらいの間と思うだろうが、祇園祭というのは随分長い期間にわたるお祭りで、およそ一ヶ月ほどある。この間、特に「きゅうり」の美味しい時期に食べないのだから、結構大変なことである。

京都ではシンボリックな紋というものに対して敬う気持ちが非常に強く、大事にしているのである。
最近、京都でも観光地に行くと、紋入りのキーホルダーが売られているのを見かけるが、京都人は、あの手のものはあまり買い求めない。
紋はその家やその人を表すものであり、神聖なものだと考えているので、あまり軽く扱わない。家紋額といったものも、京都では他府県に比べてあまり売れないという。

京都では広蓋(ひろぶた)とか袱紗(ふくさ)とか風呂敷に、しっかりと自分の家の紋が入っていて、そのように代々残して伝えていくものがあるからかもしれない。それはただの装飾品ではなく、日常生活の中で、事あるごとに使用するものである。
日々の生活の中でつちかわれてきた、紋というものを重たく思い入れる心が、「きゅうり」を食べないことにつながっている。

もともと紋はお公家さんが使っていた輿(こし)や牛車につけられたことがはじまりであると伝えられている。平安時代、御所や鴨川べりにならんだ輿や牛車は、まるで紋の品評会だったのではないだろうかと想像する。

このように家紋発祥の地である京都には、紋に関するしきたりがあり、儀式作法には必ずといっていいほど登場する。京都人は自分の家の紋を知っているのが当たり前であり、その紋には男紋と女紋がある。こんなこと自体が、他の地方からみれば不思議この上ないのではないか。京都は、紋=シンボルを敬い、大切にするという京都の文化のお話…今京都(写真は京都の町並みで本文とは関係ないのであしからず)。


◇ちょっと予備知識 → 秦の始皇帝が儒者の政治批判を防ぐために、書物を燃やし、多くの儒者を生き埋めにしたという故事から。
祇園祭ときゅうり
7月になると祇園祭のコンチキチンが鳴り響く。この祇園祭にからんだお話をひとつ。そのお話には「きゅうり」が絡むからまた意外な感じがする。さて、そのお話とは…。

「きゅうり」の切り口が、祇園さん(八坂神社)の紋にどことなく似ていることから、その紋を食べてしまうのはあまりにももったいないと、京都では八坂神社のお祭りである祇園祭の間は「きゅうり」を食べないという。
他の地方の人は、祇園祭といえば、2〜3日ぐらいの間と思うだろうが、祇園祭というのは随分長い期間にわたるお祭りで、およそ一ヶ月ほどある。この間、特に「きゅうり」の美味しい時期に食べないのだから、結構大変なことである。

京都ではシンボリックな紋というものに対して敬う気持ちが非常に強く、大事にしているのである。
最近、京都でも観光地に行くと、紋入りのキーホルダーが売られているのを見かけるが、京都人は、あの手のものはあまり買い求めない。
紋はその家やその人を表すものであり、神聖なものだと考えているので、あまり軽く扱わない。家紋額といったものも、京都では他府県に比べてあまり売れないという。

京都では広蓋(ひろぶた)とか袱紗(ふくさ)とか風呂敷に、しっかりと自分の家の紋が入っていて、そのように代々残して伝えていくものがあるからかもしれない。それはただの装飾品ではなく、日常生活の中で、事あるごとに使用するものである。
日々の生活の中でつちかわれてきた、紋というものを重たく思い入れる心が、「きゅうり」を食べないことにつながっている。

もともと紋はお公家さんが使っていた輿(こし)や牛車につけられたことがはじまりであると伝えられている。平安時代、御所や鴨川べりにならんだ輿や牛車は、まるで紋の品評会だったのではないだろうかと想像する。

このように家紋発祥の地である京都には、紋に関するしきたりがあり、儀式作法には必ずといっていいほど登場する。京都人は自分の家の紋を知っているのが当たり前であり、その紋には男紋と女紋がある。こんなこと自体が、他の地方からみれば不思議この上ないのではないか。京都は、紋=シンボルを敬い、大切にするという京都の文化のお話…今京都(写真は京都の町並みで本文とは関係ないのであしからず)。



