rrbのブログ - 四面楚歌
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四面楚歌2008/08/27 12:00 am
しめんそか…周りがみな敵で、味方もなく孤立しているさま。四方を敵に囲まれて心細いこと。
◇ちょっと予備知識 → 楚の国の項羽が漢軍に囲まれたとき、漢軍から楚の歌を歌う声が聞こえてきたので、
楚はすでに降伏したのかと嘆いた故事から。
類義語に孤立無援(こりつむえん)がある。
今京都を始めて今日で丸2年が終わる。次回からは3年め。我ながらよく続いたと思う。ほぼ毎日のように更新してきたけれど、少し時間的にもきびしく、やや負担になってきた雰囲気もあるので、負担にならないようなペースで更新することを心がけていこうと思う。
日頃よりご愛顧いただいている皆様、ありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いします。
お火焚(おひたき)
お火焚の行事は、京都だけでなく他の地域にも見られるが、その発祥は京都であるといわれている。

お火焚の由来にはいろいろな説があるが、もともと宮中の重要行事である新嘗祭(にいなめさい)、つまり収穫祭が民間に広まったものであるといわれている。稲穂を育てていただいた太陽と大地に感謝し、また来る年の豊作を祈って行う祈祷行事である。特に行事の日は決まっているわけではないが、11月8火の伏見稲荷大社の火焚祭は有名だ。伏見稲荷では、春に植えた苗の稲藁も焚かれる。

かつては11月になると神社だけでなく、連日、一般家庭や町内、会社でもこの行事を見ることができ、京都の初冬の風物詩でもあったという。火を扱うので一時禁止されたり、自主的に取りやめたりしてその数は少なくなったが、今でも広い敷地をお持ちの方は毎年きちんと行っているというから嬉しい限りだ。

秋にとれた新米を神前にお供えし、願い事を書いた護摩木(火焚串)を焚いて悪霊を追い払い、家内安全、無病息災、商売繁盛、火難除けを神に祈る。お火焚の終わりに、護摩木を焚いたその残り火でみかんを焼く。そのみかんを食べると、来る冬の間、風邪をひかないとわれている。それにその年のお米でつくったおこしと「おたま」と呼ばれている火焔紋の焼き印がおしてある紅白饅頭を、神からのおさがりとしていただき、食す。神と共に同じ食物をいただくことで、神の力を授かるという。

古来より、火の神は太陽の神とも考えられ、世にある不浄なものを消滅させる力があると信じられてきた。こんなところから、京都では、神仏のお札はもちろんのこと、お守りや縁起もの、それに心のこもった礼状など、ごみとして出すには少し気がひけるものの処分は、火にあげるといって、火に燃やしてしまうといったことが、日常的にどの家でもなされている。

京都といえばお寺のイメージが強く、仏教行事ばかりがクローズアップされるが、このお火炊の行事だけではなく、1年を通して一般の家庭にも神事がきちんと生き続けている。やはり、京都は千年の都という京都の文化のお話…今京都。 ※写真は京都の町並みで本文とは関係ないのであしからず。


◇ちょっと予備知識 → 楚の国の項羽が漢軍に囲まれたとき、漢軍から楚の歌を歌う声が聞こえてきたので、
楚はすでに降伏したのかと嘆いた故事から。
類義語に孤立無援(こりつむえん)がある。
今京都を始めて今日で丸2年が終わる。次回からは3年め。我ながらよく続いたと思う。ほぼ毎日のように更新してきたけれど、少し時間的にもきびしく、やや負担になってきた雰囲気もあるので、負担にならないようなペースで更新することを心がけていこうと思う。
日頃よりご愛顧いただいている皆様、ありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いします。
お火焚(おひたき)
お火焚の行事は、京都だけでなく他の地域にも見られるが、その発祥は京都であるといわれている。

お火焚の由来にはいろいろな説があるが、もともと宮中の重要行事である新嘗祭(にいなめさい)、つまり収穫祭が民間に広まったものであるといわれている。稲穂を育てていただいた太陽と大地に感謝し、また来る年の豊作を祈って行う祈祷行事である。特に行事の日は決まっているわけではないが、11月8火の伏見稲荷大社の火焚祭は有名だ。伏見稲荷では、春に植えた苗の稲藁も焚かれる。

かつては11月になると神社だけでなく、連日、一般家庭や町内、会社でもこの行事を見ることができ、京都の初冬の風物詩でもあったという。火を扱うので一時禁止されたり、自主的に取りやめたりしてその数は少なくなったが、今でも広い敷地をお持ちの方は毎年きちんと行っているというから嬉しい限りだ。

秋にとれた新米を神前にお供えし、願い事を書いた護摩木(火焚串)を焚いて悪霊を追い払い、家内安全、無病息災、商売繁盛、火難除けを神に祈る。お火焚の終わりに、護摩木を焚いたその残り火でみかんを焼く。そのみかんを食べると、来る冬の間、風邪をひかないとわれている。それにその年のお米でつくったおこしと「おたま」と呼ばれている火焔紋の焼き印がおしてある紅白饅頭を、神からのおさがりとしていただき、食す。神と共に同じ食物をいただくことで、神の力を授かるという。

古来より、火の神は太陽の神とも考えられ、世にある不浄なものを消滅させる力があると信じられてきた。こんなところから、京都では、神仏のお札はもちろんのこと、お守りや縁起もの、それに心のこもった礼状など、ごみとして出すには少し気がひけるものの処分は、火にあげるといって、火に燃やしてしまうといったことが、日常的にどの家でもなされている。

京都といえばお寺のイメージが強く、仏教行事ばかりがクローズアップされるが、このお火炊の行事だけではなく、1年を通して一般の家庭にも神事がきちんと生き続けている。やはり、京都は千年の都という京都の文化のお話…今京都。 ※写真は京都の町並みで本文とは関係ないのであしからず。




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