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刎頚之交
投稿日時 2008-6-13 0:04:32
執筆者 rrb
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ふんけいのこう…固い友情で結ばれている間柄。心を許し合った無二の友人。 ◇ちょっと予備知識 → その人のためなら首を斬られても悔いはない、というほどの固い交わりの意から。 類義語に刎頚之友(ふんけいのとも)・管鮑之交(かんぼうのこう)・ 水魚之交(すいぎょのこう)・断金之交(だんきんのこう)がある。
阿吽の呼吸 「おやかまっさんどした」というのは、「お騒がせしてすみませんでした」という意味合いで、実際にはお客さんが、つまり買い物に来た側がいうことば。 色々と数多くの商品を見せていただいたとか、詳しい説明を受けたとかそういった時に、感謝の心を込めてお店の人に対して「おやかまっさんどした」と京都ではいう。

こんなお客さんがお店にとって本当の上客で、この言葉を聞くと嬉しくなり「是非またご来店ください。この次には、今日よりもっとよい品をご覧いただけるよう努力し、また十分なご説明もさせてもらいます」と本心から思うという。

「えらい、おやかまっさんどした」 「めっそうもない」 「ほんまに助かりました」 「なにおっしゃいますやら。おおきにありがとうごさいます」 こんなやりとりが京のお店では交わされる。 京都ではお客さんも買い物のプロ。お店の人より先にお辞儀をするような感じで「すんまへんなぁ」と買いに来て、「おおきに」と帰っていく。

「よう売ってくれはった」という気持ちがお店の人に伝われば、必ず間違いのない品を買い求めることができることを京都人はちゃんと心得ている。決して打算的なものの考え方ではなく、お店の人とのあたたかいふれあいを大切に考えている。

当然といえば当然だが、お昼時の買い物や閉店間際の買い物、日用品ならともかく大切な品物なら、こういった時間帯はできるかぎり避けるのがお客としてのマナーであり、気配りでもある。

「いつ頃お伺いしたら、よろしおすやろ」と、前もって電話をかけることも京都ではよくある。お金を支払うときにも、わずかな買い物に一万円を出せば「おおきいものですいません」というし、大きい買い物に小さなお金を出せば「こまこうてすいません」という。

このように礼儀正しいお客さんには、お買い上げの金額の大小にかかわらず最大限のおもてなし、サービスをするのが京都の商売人。 「よいものを販売したい」 「よりよいものを買い求めたい」 お店とお客さんが阿吽の呼吸で結ばれて、京都の商売は成り立っているという京都の文化のお話…今京都。

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