フォトヴィレッジ

歌は世につれ

投稿日時 2018-2-22 0:00:00
執筆者 rrb
「歌は世につれ世は歌につれ」、世の中の変化に応じて歌も変化し、歌の変化によって世の中も影響を受ける。歌は世情をよく反映しているものだの意。(『広辞苑』)。

このことを意識して歌詞を見ると、時代によって使われる物が違う。スマートフォンなどが普及せず、携帯電話もない時代の通信手段の有線電話やハガキ、手紙。昭和の時代の歌詞には、「電話」はもちろん「葉書、絵葉書、手紙」という文字がみられる。歌のタイトルに「手紙」が使われていることもある。

現在、LINEやメール等が日常的なやりとりの方法となっているが、歌詞に登場することはまだまだ稀ではないだろうか。「歌は世につれ…」は確かだろうが、LINEやメールという言葉は、趣や風情というものが表現しづらいからだろうか。あるいは、詩としてどのように完成させるかという作詞家の感性によるものか。詳細はわからないが、たとえば、「あなたから突然届いた一通のLINE(またはメール)」よりは、「あなたから突然届いた一通の便り」のほうが世代を限定せず受け入れやすいかもしれない。

一方、写真の世界を見てみると、フィルムからデジタルへの流れはあっても大きく変化があるわけではないと思う。インスタグラムなどの流行りで写真が身近なものになっているのではないか。カメラという大それた物を持たなくても、スマートフォンの写真が身近にある。撮ることは撮っていたが、それを表現する場がない。そこにインスタグラムが登場。場を提供されたことによって、一気に「写真」というものへの馴染みが広がったように感じる。

インスタグラムやツイッターを覗くと、ステキな構図のものもあれば、インスタ映えするような独特な撮り方をされているものもある。何よりも「素(す)」の描写がある。ドラマやバラエティーという「番組」として構成された中ではなく、そこでは見ることができない横顔(とで表現すべきか)の投稿が親しみを感じさせる。簡単に言えば、芸能人を身近に感じることができるのがインスタグラムやツイッターの良さだろう。

京都の町撮りをしていて見かける光景に、年配の方々がタブレットで写真を撮っているのが増えた。そのままご自身のブログやインスタグラムに投稿。なんて素敵な時代なことか。現在は、写真は贅沢な趣味ではなく、ごく身近なもの。

私も肩の力を抜いて、リアルな京都を撮っていきたい。そんなことを思いながらの京の町撮り…という今京都。






《京都・あちこち》

一瞬、天を仰いで…かと思ったよ





フォトヴィレッジにて更に多くのブログを読むことができます。
http://www.rrbphotovillage.jp

このブログのURL
http://www.rrbphotovillage.jp/modules/rrbblog/details.php?blog_id=1742