rrbのブログ - rrbさんのエントリ
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今京都 鼓腹撃壌 2008/09/22 12:00 am
こふくげきじょう…よい政治が行われ、天下が治まって人々が豊かに暮らしていること。
◇ちょっと予備知識 → 満腹して腹鼓を打ち、大地を踏んで踊る姿から。
類義語に含哺鼓腹(がんぽこふく)・撃壌之歌(げきじょうのうた)・
国土成就(こくどじょうじゅ)がある。
町並み



地蔵物語(204)



◇ちょっと予備知識 → 満腹して腹鼓を打ち、大地を踏んで踊る姿から。
類義語に含哺鼓腹(がんぽこふく)・撃壌之歌(げきじょうのうた)・
国土成就(こくどじょうじゅ)がある。
町並み



地蔵物語(204)





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今京都 千変万化 2008/09/21 12:00 am
せんぺんばんか…物事の状況などがいろいろと変化すること。刻一刻と様子が移り変わること。
◇ちょっと予備知識 → 「千変」は「せんべん」とも読む。
類義語に変幻自在(へんげんじざい)・生生流転(せいせいるてん)がある。
対義語は一本調子(いっぽんちょうし)・千篇一律(せんぺんいちりつ)。
町並み



地蔵物語(203)



◇ちょっと予備知識 → 「千変」は「せんべん」とも読む。
類義語に変幻自在(へんげんじざい)・生生流転(せいせいるてん)がある。
対義語は一本調子(いっぽんちょうし)・千篇一律(せんぺんいちりつ)。
町並み



地蔵物語(203)





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今京都 社交辞令 2008/09/20 12:00 am
しゃこうじれい…世の中のつきあいのための、愛想のよい対応やお世辞のこと。リップサービス。
◇ちょっと予備知識 → 「辞令」は応対のことば。とくに習慣的で形式的な言い回し。「事例」とするのは誤り。
類義語に外交辞令(がいこうじれい)がある。
町並み



散策していると、石碑が結構ある町…今京都。


◇ちょっと予備知識 → 「辞令」は応対のことば。とくに習慣的で形式的な言い回し。「事例」とするのは誤り。
類義語に外交辞令(がいこうじれい)がある。
町並み



散策していると、石碑が結構ある町…今京都。




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今京都 漁夫之利 2008/09/19 12:00 am
ぎょふのり…両者が争っている間に、ほかの関係のない者が利益を横取りすること。とんびに油揚げ。
◇ちょっと予備知識 → シギとハマグリが譲らず争っていると側にいた漁夫が両方とも捕まえたという故事から。
類義語に魚人之利(ぎょふのり)・田父之功(でんぶのこう)・犬兎之争(けんとのあらそい)
がある。
うなぎの寝床
京都の住居は、俗に「うなぎの寝床」といわれている。間口が狭く奥行きが深い構造からそういわれる。京都はもともと商人の町だったので、玄関横の格子を外せばすぐに商売ができるように考案されていた。また、のれん一枚を吊るすことで、店と生活の場を区切ることも可能であるという実に巧みな造りなのである。

普段、ここに住み、生活している京都人には気付かないことであるが、この京都の住居のつくりは結納・結婚・葬儀・年忌などのさまざまな儀式を行ううえで、大変理にかなったものになっている。たとえば結納を思い浮かべると、結納揃えを飾りつける場所、仲人、両親の座る位置、目録を受け取り受書揃えを準備する部屋など、すべての作法がスムーズに運ぶように考えられている。

また、親族が大勢集まる年忌など大広間が必要な時には、ふすまを取り除き、お仏壇を中心にお坊さんを囲んでみんなが集まり手を合わせることができるように、うまく配慮されている。さまざまな儀式をうまく演出できるような空間づくりは、まるで優れた舞台装置を見る思いである。

京都の住居は、風通しや採光が悪いとか、トイレの位置がよくないとか色々な欠点を耳にするが、実のところ、そこに住む者にとっては、その欠点に気付かないほど住み心地がよい。そのお家にとっての大事な特別の日(儀式の日)を何よりも優先した住居づくり、その先人の知恵の結晶がこの京都の住居を誕生させたのだと思う。

最近、京の町家とか京風の家などと銘打って新しい住居が販売されるようになったが、図面を拝見すれば、そのほとんどのものが儀式のできにくい間取りになっていることに一抹のさみしさを感じることもある。今風の家は、そこで生活する人の動き(動線)を第一に考えてつくられることが多く、いざお客様をお迎えするときにはスムーズに動けない間取りが多い。

京の住居は、動線が悪いからこそ、他人から家を守ることもできる。しかし、その反面、他人との交流が大変しやすいつくりでもある。昨今、結納もしないという結婚が増えていると聞くから仕方がないが、京の町家の良さが時代の流れとともに造られなくなるのではないかと危惧する京都の文化のお話…今京都。


◇ちょっと予備知識 → シギとハマグリが譲らず争っていると側にいた漁夫が両方とも捕まえたという故事から。
類義語に魚人之利(ぎょふのり)・田父之功(でんぶのこう)・犬兎之争(けんとのあらそい)
がある。
うなぎの寝床
京都の住居は、俗に「うなぎの寝床」といわれている。間口が狭く奥行きが深い構造からそういわれる。京都はもともと商人の町だったので、玄関横の格子を外せばすぐに商売ができるように考案されていた。また、のれん一枚を吊るすことで、店と生活の場を区切ることも可能であるという実に巧みな造りなのである。

普段、ここに住み、生活している京都人には気付かないことであるが、この京都の住居のつくりは結納・結婚・葬儀・年忌などのさまざまな儀式を行ううえで、大変理にかなったものになっている。たとえば結納を思い浮かべると、結納揃えを飾りつける場所、仲人、両親の座る位置、目録を受け取り受書揃えを準備する部屋など、すべての作法がスムーズに運ぶように考えられている。

また、親族が大勢集まる年忌など大広間が必要な時には、ふすまを取り除き、お仏壇を中心にお坊さんを囲んでみんなが集まり手を合わせることができるように、うまく配慮されている。さまざまな儀式をうまく演出できるような空間づくりは、まるで優れた舞台装置を見る思いである。

京都の住居は、風通しや採光が悪いとか、トイレの位置がよくないとか色々な欠点を耳にするが、実のところ、そこに住む者にとっては、その欠点に気付かないほど住み心地がよい。そのお家にとっての大事な特別の日(儀式の日)を何よりも優先した住居づくり、その先人の知恵の結晶がこの京都の住居を誕生させたのだと思う。

最近、京の町家とか京風の家などと銘打って新しい住居が販売されるようになったが、図面を拝見すれば、そのほとんどのものが儀式のできにくい間取りになっていることに一抹のさみしさを感じることもある。今風の家は、そこで生活する人の動き(動線)を第一に考えてつくられることが多く、いざお客様をお迎えするときにはスムーズに動けない間取りが多い。

京の住居は、動線が悪いからこそ、他人から家を守ることもできる。しかし、その反面、他人との交流が大変しやすいつくりでもある。昨今、結納もしないという結婚が増えていると聞くから仕方がないが、京の町家の良さが時代の流れとともに造られなくなるのではないかと危惧する京都の文化のお話…今京都。




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今京都 一宿一飯 2008/09/18 12:00 am
いっしゅくいっぱん…一晩泊めてもらったり、食事を恵んでもらったりして、他人の世話になること。そのようなちょっとした恩義でも忘れないようにとの戒め。
◇ちょっと予備知識 → 昔、博徒には他人の世話になったことを一生の恩義とする風潮(仁義)があった。
類義語に一飯之恩(いっぱんのおん)・一飯之報(いっぱんのむくい)がある。
敬語
以前にも掲載したが「はる」のお話。京都では、「赤ちゃん笑(わ)ろたはる」「泣いたはる」という具合に、赤ちゃんという、いわば自分より目下の者にも敬語を使う。同じ関西でもよく似た言い方はあるが、目上の人にしか使わない。他の地域の方にとっては、この「〜してはる」という京都独特のことばづかいが大変不思議に聞こえるようだ。

京都で赤ちゃんに敬語を使うのにも、理由がある。赤ちゃんというのは、そのお家の方にとっては大事な大事な宝物。その大切な相手の宝物に対して敬意を表すのはあたりまえで、「笑っている」というのはやはり失礼な言い方だと感じる。時には犬や猫などのペットにまで、この「〜しはる」を使うことがあるくらいだ。京都では、小さい頃から相手のことを考えて敬語を使うことが習慣として身についている。

また、「赤ちゃん笑(わ)ろたはる」ということばは、もちろん敬語には違いないが、だからといって「笑っていらっしゃる」という、そんなよそよそしい敬語とは少し違う。赤ちゃんもそのお家の家族の一員だということをちゃんと認め、赤ちゃんの人格を尊重した上で、親しみの気持ちを込めていうことばだ。

人と人とのつながりを何よりも大切にする京都だからこと生まれたことばだと思う。京都では、赤ちゃんに対しても、目上の方に呈しても、同じ表現をする。

「慇懃無礼」ということばも存在し、確かに、うわべだけが丁寧で、実は相手を見下しているのは失礼なこと。人様に対して乱暴なことばづかいや無礼なことばを使うよりは、丁寧すぎるほうがよいと京都人は考えているという京都の文化のお話…今京都。 ※写真は京都の町並みで本文とは関係ないのであしからず。


◇ちょっと予備知識 → 昔、博徒には他人の世話になったことを一生の恩義とする風潮(仁義)があった。
類義語に一飯之恩(いっぱんのおん)・一飯之報(いっぱんのむくい)がある。
敬語
以前にも掲載したが「はる」のお話。京都では、「赤ちゃん笑(わ)ろたはる」「泣いたはる」という具合に、赤ちゃんという、いわば自分より目下の者にも敬語を使う。同じ関西でもよく似た言い方はあるが、目上の人にしか使わない。他の地域の方にとっては、この「〜してはる」という京都独特のことばづかいが大変不思議に聞こえるようだ。

京都で赤ちゃんに敬語を使うのにも、理由がある。赤ちゃんというのは、そのお家の方にとっては大事な大事な宝物。その大切な相手の宝物に対して敬意を表すのはあたりまえで、「笑っている」というのはやはり失礼な言い方だと感じる。時には犬や猫などのペットにまで、この「〜しはる」を使うことがあるくらいだ。京都では、小さい頃から相手のことを考えて敬語を使うことが習慣として身についている。

また、「赤ちゃん笑(わ)ろたはる」ということばは、もちろん敬語には違いないが、だからといって「笑っていらっしゃる」という、そんなよそよそしい敬語とは少し違う。赤ちゃんもそのお家の家族の一員だということをちゃんと認め、赤ちゃんの人格を尊重した上で、親しみの気持ちを込めていうことばだ。

人と人とのつながりを何よりも大切にする京都だからこと生まれたことばだと思う。京都では、赤ちゃんに対しても、目上の方に呈しても、同じ表現をする。

「慇懃無礼」ということばも存在し、確かに、うわべだけが丁寧で、実は相手を見下しているのは失礼なこと。人様に対して乱暴なことばづかいや無礼なことばを使うよりは、丁寧すぎるほうがよいと京都人は考えているという京都の文化のお話…今京都。 ※写真は京都の町並みで本文とは関係ないのであしからず。



