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rrbのブログ - 2008/12/16のエントリ

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今京都 掌中之珠 2008/12/16 12:00 am

ょうちゅうのたま…自分が最も大切にしているもの。最愛の子どもや妻のたとえ。
◇ちょっと予備知識 → 「掌中」は手のひらの中。「珠」は宝玉。
                類義語に掌上明珠(しょうじょうめいしゅ)がある。

ろい掛けの松 vol.1
「くろだにさん」の愛称で親しまれる金戒光明寺は、法然が1175(安元元)年に草庵を結んだのが始まりとされる。



血で血を洗う世界に生き、世の無常を感じる。身に着けていたよろいを池で清め、一本の松に掛ける。武士道に別れを告げ、仏門に入ることを心に決めた瞬間だった。



よろい掛けの松は、武蔵の国(現在の埼玉県熊谷市)の出身で、一ノ谷の戦いで平敦盛を討ったことで知られる熊谷直実が、出家する際、よろいを枝に掛けたとの言い伝えが残る。



源頼朝が鎌倉幕府を開いた1192(建久3)年、52歳の直実は、金戒光明寺の法然を尋ねて弟子となり、名を蓮生と改める。



その8年前、源氏と平氏が戦い、平氏の多くが討たれた一ノ谷(現在の神戸市)の戦いがあった。源氏の武将だった直実は、平清盛のおいで、若干16歳だった敦盛を討ち取る。直実は息子と同い年の敦盛を逃がそうとしたが、ほかの追っ手も迫っていたことから、仕方なく討ったとされる。その際の無常感から出家したといわれるが、領地をめぐる争いに敗れたためとの説もある。



金戒光明寺を訪ね、法然に「こんな人間でも往生できるか」と不安げに問う直実は、「念仏さえすれば救われる」との言葉を聞いて、涙を流したという…今京都。(続く)


 

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